もう、何日経ったのか、判らない。
虚無、退廃、官能。
堕落。
オフシーズンのコテージに二人でこもって、昼も夜もなく絡み合い、眠り、目を覚ましては酒を呷り、また絡み付く。思い出したようにシャワーを浴び、飯を食う。それからまた。
何も考えたくなかった。
真っ白に、或いは、真っ黒に染まってしまいたかった。
全ての真実は破れ地に落ちて、ここにあるのは、ただ、淀んだ肉欲、夢も見ない闇。
何が原因だったのかも、忘れてしまった。
「キリコ…痛い」
溜まったアルコールで重い身体をシーツに投げ出し、ぼんやり煙草を吸っていると、彼がベッドに歩み寄ってきた。
唇から煙草を取られ、片脚を担がれる。尻に彼の指が伸び、もう何度そこで彼を受け入れたのか、擦られすぎて痛みの走る後孔を、いやらしく撫でられた。
「痛い…指を入れるな、…あ、」
「他にすることもねエだろ」
「何回やれば…気が済むんだ？」
「おまえだって、気が済んでなんかいないくせに」
「ん…、少しは…休ませろ」
そうさ、そんなことは、これっぽっちも思ってはいない。
何を考える余裕もなく、溺れていたい。溺れていたい。
はじめに私が堕ちたのか、彼が堕ちたのか、それとも二人で堕ちたのか、今となっては判らなかった。
鏡に映る私の瞳と、覗き込む彼の瞳が、同じ色を宿すようになったのはいつからか、最初からか。
自分の身体の中にあり、また外にもある何か複雑な形をしたものを、遠ざけてしまいたかった。もう見たくはなかった。感じたくもなかった。
思考を麻痺させるような、鈍い痛みと愉悦、ただそれだけがあればいい。それだけにしてしまいたい。何も考えたくはない。
「は…」
私の尻は、多分、彼の精液でぐちゃぐちゃになっているのだろう。
彼の指は容易に私の中に押し入った。慣れた動きで蠢かされて、あっという間にぞくりと快感が湧く。
この欲が、使い果たされてしまわないことが、不思議だ。
快楽を覚えたばかりの猿ように、ただのめりこむ。
堕落しきっている。
汚らしい。
「キリコ」
「何度やってもおまえは、あんまり弛まないな、ブラック・ジャック先生。面倒臭い」
「あっ」
尻を指で拡げられながら、覆い被さった彼に乳首を吸われた。湧き上がった快感が、一瞬で全身に散る。
汚らしくて、見ていられない。
泥のように媾い、眠り、貪り。
多分、こんなことを望んでいるわけではないのだろう。でも、他に出来ることもないのだろう。私達は汚らしい。藻掻くこともやめてしまった、もう、沈むだけ。
「痛い…噛む、な」
何日経ったのか、散々弄られて、触られるだけで痛い乳首に彼が歯を立てた。私の身体は故障している、その痛みさえも鋭い悦び、肌を擽る彼の銀髪がひんやりと気持ちいい。
彼は音を立てて私の乳首を嬲ってから、顔を上げて、私を見た。
ああ、見たくない、そう思った。
端正な顔に、色の淡い右の瞳、その瞳が映すものは、底無しの絶望、空白、濁った欲。
私も同じ目をしているに違いない。
真実を失い、現実から逃げ、退廃に浸かる、卑怯者。
「そんなに厭そうな顔をするなよ」
彼はにやにやと笑って、蔑むように私を見下ろした。
尻から指が抜かれ、両脚を抱えられて、咄嗟に身体が逃げたがる。
「おい…キリコ、痛いんだ」
「おれだって結構痛いぜ、おまえ、きついから」
「だったら…」
「やめねえよ、他にやることもないじゃない。おまえだってやりたいだろ」
「アッ、よせ…」
ぐっと屹立した性器の先端を押し付けられ、思わず身体が強張った。脚を抱えられた体勢では、逃げようにも逃げられず、広げられる痛みと快感に震えながら、ずぶずぶと沈んでくる彼の性器を受け入れることしかできない。
「ン、ああ…、痛…ッ」
「ちょっとは弛めてくれよ、入りづらいぜ」
「無理…言うな…」
「別にいいけどね」
実に汚らわしい。
彼は、二、三度腰を打ち付けるようにして、強引に私の中に押し入った。深い部分まで開かれる感覚に、私は悲鳴を上げた。
もう何度彼に犯されたろう、数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどなのに、私は彼に侵食されるその衝撃に、未だに慣れない、まるで内側から食い破られるみたいな。
「は…、あ、」
「先生、そんなに締め付けるなよ、動けないだろ」
「動…く、な」
「馬鹿言うなよ」
「や…ッ」
抱えていた私の両脚を肩から外し、私の身体を二つに折るように押さえ込むと、彼は、私の制止など気にもしないように、ゆっくりと腰を使い出した。
そうさ、やめてくれなどとは思っていない、もうこのまま。
地獄の底まで。
「あ…あッ、キリコ…ッ」
「おまえの中、ずるずるで気持ちいい」
揺さぶられるたびに、唇から勝手に喘ぎが零れる。身体の内側に火がついて、熱い。
何度も擦り合わせた粘膜から、ふたり溶けてしまいそう。
彼ははじめは、私の内部の震えを楽しむように、慎重に腰を使っていたが、幾度か角度を変えて私を試したあと、徐々に私を穿つスピードを速め出した。
必死に呼吸を合わせようとすると、乱される。
ふと気を抜くと、その一瞬を狙って突き込まれる。
二人きりで何日も、山にこもるだけ私達は相性がいいようだ、或いは彼が巧いのか、馬鹿馬鹿しい。
こんなことを望んでいるわけではない。
願わくば救い出して欲しかった？ 救い出してやりたかった？
空も、地も、何も見たくはない視界に映るのは、堕落。
こんなことを望んでいるわけではない、ああ、でも、これが似合いだ。
所詮私達に出来るのは、堕ちて、堕ちて、沈むことだけ、前を向いた途端に崩れてしまう、砂の楼閣。
「気持ちいいだろう？」
「…っと、擦って、くれよ…ッ」
「痛いんじゃなかったのか？」
「黙って、やれ…！」
切れ切れの悪態に、彼が低い声で笑う。私はきつく目を瞑って、痛みと快楽の波に酔う。
ただもうこうして、体温を上げて、何度も、何度も。
果物がゆっくり腐って、形が崩れるように。体臭が混ざり合い、この身体は私なのか彼なのか、重なる身体が彼なのか私なのか。
互いの輪郭さえも不鮮明に。
押さえ込まれる脚を自分の腕で支えると、察した彼が私の性器に片手を伸ばした。軽く握られて、喉の奥から声が洩れた。
直線的な快感が頭に響く。
「あ…ッ、いく、」
「おれもいく。頑張って締め上げてくれよ」
「アッ、アッ、キリコ…！」
「いいぜ…」
尻を穿つ動きに合わせて性器を擦り上げられ、私は呆気なく彼のてのひらに射精した。ぎりぎりと締め上げる彼の肉棒がびくりと震え、私の奥深くで達するのが判った。
どくり、どくり、と注ぎ込まれる感覚。
愉悦のような、嫌悪のような、わけの判らない興奮に鳥肌が立つ。
汚しているのか、汚されているのか、もうとうに二人穢れているのか。
境界線が、無くなるような。
「は…」
最後まで私の中で出し切ってから、彼は性器を引き抜いた。飲み込みきれない精液が、こぽりと尻から溢れて零れた。
きつく閉じていた目を開けると、彼と目が合った。
全てを拒絶し、全てを諦め、何も見なくなった、暗い、暗い、瞳。
「…いつまでこんなことを続けるんだ」
訊ねた声は掠れていた。
彼は唇の端を引き上げて、皮肉たらしく笑った。
「おまえが厭きるまで」
「…」
私が厭きるまで。
ベッドの上、私の横に身体を投げ出した彼の手が、私の手を一瞬掠め、すぐに離れた。
こんなことを望んでいるわけではない、
厭だ、もう厭だ、厭なはずだけれど。
考えたくないんだ、他のものは何も要らないんだ。
果物がゆっくり腐って形が崩れるように。
いっそこのまま二人、腐り果ててしまえれば。
（了）